当日の天候に応じ、晴天時には帽子の着用・雨の際は雨具の着用のためのご準備をご自身でお願いいたします。また、公園内を散策いたしますので、体調を整えてお越しください。
当日は集合時間厳守でお願いします。集合時間から大幅に遅れられた場合(30分以上)当日キャンセルとみなし、キャンセル料を徴収いたします。
天候不良や災害等の不可抗力によるキャンセルの場合は、返金対応をさせていただきます。詳細については個別にご相談ください。
当社都合でツアーがキャンセルされる場合、全額を返金いたします。
爆心地公園は、1945年8月9日11時2分に長崎に投下された原子爆弾が炸裂した場所です。この一帯は瞬時に壊滅的な被害を受け、広範囲にわたって生命が失われ、建物は跡形もなく消滅しました。公園内には、当時の地層や遺物が保存され、被爆の悲惨さを今に伝えています。この地は、平和への祈りと核兵器廃絶の願いを象徴する場所となっています。
1945年8月9日11時2分、アメリカのB-29爆撃機「ボックスカー」から投下された原子爆弾「ファットマン」が、長崎市の松山町上空約500メートルで炸裂しました。これにより、一瞬にしてすさまじい熱線と爆風、放射線が広がり、市街地は壊滅的な打撃を受けました。多くの尊い命が奪われ、建物は崩壊し、長崎の風景は一変しました。
長崎への原爆投下は、瞬時に数万人の命を奪いました。その年の末までに、負傷や放射線の影響などにより、約7万人以上の尊い命が犠牲になったとされています。市街地の約3分の1が壊滅し、多くの家屋や公共施設が破壊されました。生き残った人々も、放射線による後遺症や精神的苦痛に長く苦しむことになりました。
第二次世界大戦末期、アメリカは日本への原爆投下を決定しました。当初の主要目標は小倉市でしたが、当日の天候不良により視界が悪かったため、第二目標であった長崎市へと変更されました。長崎上空も雲が多かったものの、一瞬の雲の切れ間から目標を確認し、1945年8月9日11時2分に投下されました。これは、戦争終結を促すための最終手段とされました。
このツアーでは、長崎の爆心地公園や平和公園などを巡りながら、地元で暮らす「バディ」が被爆前の日常や原爆の壊滅的な被害、そして平和発信の拠点としての長崎の歩みを案内します。単なる知識習得だけでなく、被爆体験を通して「核兵器が使われると何が起きるのか」という現実を肌で感じ、参加者自身の価値観や生き方を見つめ直す機会を提供します。
被爆者の方々は、原爆投下後、肉体的な傷や放射線による後遺症、家族や友人との離別、差別など、計り知れない苦痛に直面しました。現在も、多くの方が自らの体験を語り継ぐ活動を続けています。彼らの証言は、「二度と同じ過ちを繰り返さない」という平和への強いメッセージとなり、国内外に向けて核兵器廃絶の重要性を訴え続けています。
「Peace Makers’ Journey」ツアーの「バディ」は、地元長崎に暮らす人々です。彼らは単なるガイドではなく、自身の思いを交えながら、被爆前の長崎の日常、原爆による壊滅的な被害、そして平和都市として歩んできた長崎の姿を案内します。知識だけでなく、被爆体験を通して核兵器の現実を実感させ、参加者が平和について深く考えるきっかけを作る重要な役割を担います。
このツアーでは、「なぜ争いは起きるのか」「未来の過ちを防ぐにはどうすればよいか」といった根源的な問いに向き合う時間を持ちます。「バディ」との対話を通じて、歴史的背景を深く理解し、核兵器がもたらす現実を実感することで、参加者は自らの価値観や生き方を再考する機会を得ます。そして、平和を築くための主体としての一歩を踏み出す契機となる、観光以上の体験が提供されます。