| 催行形式 | 少人数制 |
| アクセス | 現地集合 |
| 最少催行人数 | 1名 |
| ガイド形式 | ガイド付きツアー |
| お食事のご用意 | スナック (軽食) 付き |
| 観光のジャンル | 日本の城・城跡、史跡・名所巡り |
| 交通手段 | 徒歩 |
本ツアーでは、旅行手続き書類や最終日程表の郵送は行っておりません。当日のご案内(最終日程表)は、ご予約確定メールに記載されているリンク「予約詳細」からご確認いただけますようお願いいたします。
休業・休館等で立ち寄る施設が変更される場合がございます。
雨天決行となります。各自雨具等はご準備ください。
大津城は現在、当時の姿を留める建物は残っていませんが、市街地には本丸跡や堀跡の石碑、遺構を示す案内板が点在しています。特に本丸跡地は、かつての城の規模を感じさせる重要な見学ポイントです。また、琵琶湖岸沿いには「幻の水城」と呼ばれた大津城の面影を偲ばせる場所もあり、地元のガイドと共に巡ることで、往時の様子をより深く理解できます。
関ヶ原の戦い時、大津城は東軍に属する京極高次が守っていました。西軍の毛利元康や立花宗茂らが大津城を攻め、激しい攻防が繰り広げられました。京極高次らは劣勢ながらも粘り強く籠城し、これにより西軍主力を関ヶ原本戦への参戦から足止めすることに成功しました。最終的に大津城は開城したものの、この戦いは関ヶ原の本戦における東軍の勝利に大きく貢献したとされています。
大津城はかつて琵琶湖に面して築かれ、湖水を引き込んだ水堀を持つ「水城」でした。その壮大な姿から「幻の水城」と称されています。城の一部は湖中に張り出すように建てられていたとも伝えられ、湖と一体となった防御体制を誇りました。現在は埋め立てられていますが、当時の面影は歴史資料や語り継がれる伝説の中に息づいており、琵琶湖と密接に結びついた歴史を今に伝えています。
大津城は天正14年(1586年)頃に、豊臣秀吉の命により築城されました。明智光秀ゆかりの坂本城が廃城となったことに伴い、琵琶湖の水運と陸路の要衝である大津の地を抑える戦略的な目的がありました。城下町を整備し、商業の中心地としても発展させようとする意図も込められており、地域の要として重要な役割を担いました。
大津城ゆかりの地は、JR大津駅または京阪浜大津駅からアクセスできます。JR大津駅からは、京阪電車に乗り換えて浜大津駅まで移動するのが便利です。浜大津駅周辺に本丸跡や堀跡などの史跡が点在しており、駅から徒歩で巡ることが可能です。多くの見どころが集中しているため、散策に適したエリアとなっています。
大津城ゆかりの地を巡るツアーでは、地元を知り尽くしたボランティアガイドが、市街地に残る本丸跡や堀跡、城下町の歴史を伝える史跡を丁寧に案内します。道中では、お土産やおもてなし(喫茶)が含まれるほか、参加特典として「大津城」のお城カードと「大津宿」の御宿場印がプレゼントされます。地元ガイドの説明で、歴史的背景を深く理解しながら散策を楽しめます。
大津城の主な城主としては、関ヶ原の戦いで東軍に属し、西軍の大軍を足止めしたことで知られる京極高次が挙げられます。築城当初は豊臣秀吉の命により、新庄直頼や朽木元綱といった秀吉の家臣が城主を務めました。関ヶ原の戦い後には徳川家康の家臣である戸田一西が入城しましたが、その後大津城は廃城となり、その資材は彦根城築城のために転用されました。
大津城が築かれた周辺は、古くから琵琶湖の水運と東海道が交差する交通の要衝でした。大津城の築城に伴い城下町として発展し、後に江戸時代には東海道五十三次の中でも有数の宿場町「大津宿(大津百町)」として栄えました。物資の集散地であり、多くの旅人で賑わったことから、独自の歴史と文化が育まれました。現在もその名残が市街地に見られ、歴史的な趣を感じられます。